原さんの日記

http://www.mars.dti.ne.jp/~kshara/diary/200402a.html#01

私は旧世代の人間らしく、思考自体が物理的実在とセットになつてしまつてゐる。つまり、何かを考へると言ふことと、部屋の中を歩く、書棚のどこかに手を延ばす、本の背のタイトルに目をやる、ノートに書く、手でめくつて読む、などと言ふ現実の動作があまりに強く関連づけられてゐて、切り離すことが難しい。おそらく、私の思考力が貧弱なために、その多くを外部に展開せざるを得ないのだ。作業に必要な空間が、ほとんど自分の頭の中だけで済む人もゐるだらうし、必要なデータが電子的なものだけで済む人も今は多いだらう。いずれ、全ての知的作業が仮想的に済むやうになる可能性はある。それは技術の進歩と言ふよりも、人間側の変化によつて成されるだらう。

思考力が貧弱なのではなくて、思考力が豊潤だから、現在の電子的な環境では足りないのだろうとおもう。電子的な環境だけで知的活動を行う人は、その制約を受けていることに気付かなければならない。